初恋ばなし その1

(2004年9月の作品)

帰省中、納屋に押し込まれた自分の持ち物の山をあさっていたところ、一冊のキャンパスノートが見つかった。

表紙には油性のマジックで「ラブノート」というタイトルが書かれている。
ぱらぱらめくると、鉛筆書きで日記やちょっとした詩のようなものが下手なイラストと一緒にぎっしり書き込まれていた。

小学5年生の時、初めて恋した「サッカー部の小林君」への想いを綴ったものだ。同じクラスの人気者の男子で、顔はかっこいい、足は速い、おもしろいの3拍子がそろっていて、いつも友達に囲まれていた。

なんてなつかしいんだろう。ほんのりとアンニュイな気持ちに浸りたいと考え、最初のページから読み始めてみた。作品は、どうやら1ページの短編。タイトルはこうだ。

「いつか小林君が星のかけらをくれるかもしれない」

くれねえよ!

自分の書いたまどろっこしい言葉選びに自分で照れてしまい、ツッコミを入れずにはいられない心境になったが、 内容は、当時はやっていた漫画星の瞳のシルエットをうっすらとパクった少女漫画系のラブストーリーだった。

幼き日、すすき野原で「ごらん、これが、シリウスのかけらだよ」と言って謎の水晶玉をくれた男の子を想いつづけ、紆余曲折ありながらも最終的には結ばれるという流れらしい。

さして面白くもない内容だったので、さらさら飛ばして最後のページを開くと、ラストの一文はこうなっていた。

すすき野原で小林君と星空を見上げながら、白血病の私は死んだ

死んだんかい!

どうやら当時の大映ドラマ、堀ちえみ主演の「スタア誕生」と混じっているようだ。「スタア誕生」は白血病ではなく心臓病だったが、悲劇のヒロインになりたいお年頃だったのだろう。

続くページには、やや長めの小説が。
タイトルは……

「きっと小林君は私のものになるにちがいないって、神様は言ったのよ」

怖い。

「私のものになるにちがいない」という決めつけも怖いし、それを自分ではなく神様に言わせたことにして、なんとなく自分のヤバさをカバーしている狡猾さ、その異様さをタイトルにしてしまう堂々とした妄想の発露具合が、怖い。

文系女子の狂気、炸裂である。

本文に目を通すと、前半はそこそこ調子のよいファンタジーだった。
夢を食べると言われる動物・バクと出会い、

「胸が苦しいから、夢と一緒にこの恋を食べて

とお願いする私。すると、バクは、

「その苦しさは新しい自分になるためのお薬を飲んだからだよ」

と諭す。そうして、不思議の国のアリスと、グリム童話の入り混じった、シュルレアリスムな幻想的世界観がつづくのだが、後半になると、途端に様子がおかしくなってきた。

「新しい自分になるお薬なんていらない。私はこのままで成長なんてしたくないの」

涙する私のために、バクが「それなら、きみと一緒に恋をしてくれるお友達をプレゼントするよ」と言って、1人の天使を紹介してくれるのだ。するとその天使は「両思いのおまじないだ」と言って何度かラッパを吹く。

ラッパの音が鳴り響くと……なんと、空が割れて世界中が稲妻に打たれて炎に包まれたり、太平洋上の島が2つ3つ沈没するほどの豪雨が何年も降り続けたり、海が割れて、海底火山が露わになり、ガスが充満したり、続々と天変地異と怪奇現象が起こるのだ。

どこが両思いのおまじないなのか。

天使の目的も、それを執筆した小5の私の意図するところもさっぱりわからないが、「ヨハネの黙示録」に多大な影響を受けていることだけはわかる。実家は浄土真宗なんだけど。

世界があり得ない地獄絵図に燃え上がり、沈み込み、人類が滅亡の一途をたどる頃、肝心の私と小林君との恋物語はこうなっていた。

これが恋のおまじないとは知らない小林君は、背中に致命傷を負い、息も絶え絶えの断末魔のうめき声をあげていた。
わたしは、これまでラッパを吹いて両想いのおまじないをかけ続けてくれた天使に感謝の声をかけると、その背中から翼をむしりとり、自分の背中につけかえた。
天使は「それでいいんだよ」と言い遺して、死んだ。
そうして私は小林君のところへ飛んでいき、どくどくと黒い血の流れ出る背中を抱きしめて、私の部屋に連れ帰った。
そして30年間ずっと一緒に暮らしたのだった。

小林君の人権、まるで無視。

さすがに青ざめた。しかもこれ、漫画版「デビルマン」のラストに影響受けすぎちゃう!?

小説ばかり書いている恋する小5文系女子。環境に育まれた最高潮のエゴイズムと、閉鎖的な脳内環境、文章だけはやたら書ける能力が、恋のチカラによって妄想力を好き勝手に大爆発させ、初恋の相手をノートの上でなぶり殺して自分のものにしてしまうという、なんとも恐ろしい現実の記録がここにあった。

ちなみに、このノートには、渡せなかったラブレターが何枚かはさまれていた。内気なりに、なんとか気持ちを伝えようとしていたようで、 毎月500円の小遣いのなかから、かわいい便箋セットを買ってきて、気持ちを綴ったようだ。

小林君へ
夏のプールの授業のときに、私がおならをしたとき、かばってくれて、ありがとう

恋する小5女子。プールサイドで、屁、こいてたらしい。

(その2につづく)

初恋ばなし その2

さて、毎日ノートの上で残虐な妄想活劇を繰り広げて初恋の味をかみしめていた小5の私だが、学校ではなかなか小林君とお近づきになることができない。

小林君はクラスのイケてる女子たちに常に囲まれて、いつも華やかで、暗くて本ばかり読んでいる私は話しかけることもできなかったし、逆に「あんな男子、なんの興味もない」という態度を見せてすらいた。

しかし、そんな私に希望を与えてくれるイベントがあった。席替えだ。

1か月ごとに席替えがあり、忘れ物や居眠りが多い問題児以外は、全てくじ引きで席が決まっていた。この日に強運を発揮することができれば、物理的に小林君の近くになれる幸運を勝ち取ることができる。過去数回の席替えでは、前列ばかりを引いてしまい、小林君の姿を授業中に視界に入れることすらできない位置にいたが、今回こそは!

席替えの前日、想いのつのった私は、図書館で借りた「おまじないブック」を血まなこで読みあさっていた。ようやく見つけたのが、「好きなカレと席が近くになれるかも!」というおまじないだ。

おまじないの内容は、ティッシュペーパーに、意中のカレの苗字をカタカナで書き、部屋の東側の壁に貼るというもの。そんなことでうまくいくわけがないのだが、当時の私は、激狭脳内で妄想大爆発状態だから、真剣にこのおまじないに挑んだ。

まず、好きな男子の名前を書くのだから、かなり正式な文房具を使うべきだろう。そう考えた私は、父の書斎から筆と墨汁を持ち出し、さらに、居間からボックスティッシュを盗み出して自分の部屋に持ち帰った。

墨汁を硯の上に伸ばし、その上から慎重に墨をすると、タオルの上にティッシュを広げ、精神統一をする。筆を持ち、墨を吸い上げると、息を吸い込み、エイヤと筆先をティッシュにあてがった。

コバヤツ

やわらかいティッシュの上に筆で文字を書くというのは至難のわざだった。
しかも習字は大の苦手科目でもあった。

うまく書くことができず、何枚やってみても「コバヤツ」だの「コベヤシ」だの「コバヤミ」だの「コバカシ」だのになってしまい、納得するものが仕上がらない。

しかし、独断力と妄想力で、事実と事実を都合の良いように結び付け、ただひたすら自分の描いた物語を力強く走ってゆく才能に恵まれていた私は、こう考えた。

「これだけ難しいおまじないなら、絶対に効くにちがいない」

まるで年寄りのように間違った方向に信じて熱中してゆき、1時間ほど「コバヤシ」を書きまくる。やがて納得の一枚が誕生した。

「これで、明日から小林君と隣の席になれる!」

壁を見ながら、大きな達成感に包まれたことを覚えている。しかし、私のおまじないはこれで終わらなかった。

もうちょっとアレンジを加えて、効果を高めよう。オリジナリティが大爆発しはじめた私は、何を考えたか、その場にあった駄作、全てのコバヤシを、周辺にペタペタと並べて貼っていった。好きな人の苗字を捨てられないという想いもあった。

そして、私の部屋の東側はこうなった。

(忠実な再現)

私はコバヤシを呪い殺すつもりだったのだろうか――。

「執念」という次元をこえて、もはや「怨念」と理解されても仕方ない。
仮にコバヤシを生かす方向に考えてみたとしても、「コバヤシは神」的な、不気味な新興霊能宗教的世界観しか結びつかない。

いくら初恋とはいえ、私をここまで駆り立てたのはなんだったのか。いやいや、翌日の席替えで、どうしても隣になりたい、という熱烈な想いしかないのだが。

そして翌日。 結果は、なんと――呪いの効果、テキメン!

私は小林君の隣の席を引き当ててしまったのだ。だが、ほとんど会話らしい会話をすることはできず、たちまちのうちに次の席替えの日がやってきて、あれよあれよと6年生に。そして卒業することになってしまった。

ところが実は、このとき小林君とは、驚きの逸話が。
それはまた、いつかのお話ということで。

(2004年9月の作品)