初恋ばなし その2

さて、毎日ノートの上で残虐な妄想活劇を繰り広げて初恋の味をかみしめていた小5の私だが、学校ではなかなか小林君とお近づきになることができない。

小林君はクラスのイケてる女子たちに常に囲まれて、いつも華やかで、暗くて本ばかり読んでいる私は話しかけることもできなかったし、逆に「あんな男子、なんの興味もない」という態度を見せてすらいた。

しかし、そんな私に希望を与えてくれるイベントがあった。席替えだ。

1か月ごとに席替えがあり、忘れ物や居眠りが多い問題児以外は、全てくじ引きで席が決まっていた。この日に強運を発揮することができれば、物理的に小林君の近くになれる幸運を勝ち取ることができる。過去数回の席替えでは、前列ばかりを引いてしまい、小林君の姿を授業中に視界に入れることすらできない位置にいたが、今回こそは!

席替えの前日、想いのつのった私は、図書館で借りた「おまじないブック」を血まなこで読みあさっていた。ようやく見つけたのが、「好きなカレと席が近くになれるかも!」というおまじないだ。

おまじないの内容は、ティッシュペーパーに、意中のカレの苗字をカタカナで書き、部屋の東側の壁に貼るというもの。そんなことでうまくいくわけがないのだが、当時の私は、激狭脳内で妄想大爆発状態だから、真剣にこのおまじないに挑んだ。

まず、好きな男子の名前を書くのだから、かなり正式な文房具を使うべきだろう。そう考えた私は、父の書斎から筆と墨汁を持ち出し、さらに、居間からボックスティッシュを盗み出して自分の部屋に持ち帰った。

墨汁を硯の上に伸ばし、その上から慎重に墨をすると、タオルの上にティッシュを広げ、精神統一をする。筆を持ち、墨を吸い上げると、息を吸い込み、エイヤと筆先をティッシュにあてがった。

コバヤツ

やわらかいティッシュの上に筆で文字を書くというのは至難のわざだった。
しかも習字は大の苦手科目でもあった。

うまく書くことができず、何枚やってみても「コバヤツ」だの「コベヤシ」だの「コバヤミ」だの「コバカシ」だのになってしまい、納得するものが仕上がらない。

しかし、独断力と妄想力で、事実と事実を都合の良いように結び付け、ただひたすら自分の描いた物語を力強く走ってゆく才能に恵まれていた私は、こう考えた。

「これだけ難しいおまじないなら、絶対に効くにちがいない」

まるで年寄りのように間違った方向に信じて熱中してゆき、1時間ほど「コバヤシ」を書きまくる。やがて納得の一枚が誕生した。

「これで、明日から小林君と隣の席になれる!」

壁を見ながら、大きな達成感に包まれたことを覚えている。しかし、私のおまじないはこれで終わらなかった。

もうちょっとアレンジを加えて、効果を高めよう。オリジナリティが大爆発しはじめた私は、何を考えたか、その場にあった駄作、全てのコバヤシを、周辺にペタペタと並べて貼っていった。好きな人の苗字を捨てられないという想いもあった。

そして、私の部屋の東側はこうなった。

(忠実な再現)

私はコバヤシを呪い殺すつもりだったのだろうか――。

「執念」という次元をこえて、もはや「怨念」と理解されても仕方ない。
仮にコバヤシを生かす方向に考えてみたとしても、「コバヤシは神」的な、不気味な新興霊能宗教的世界観しか結びつかない。

いくら初恋とはいえ、私をここまで駆り立てたのはなんだったのか。いやいや、翌日の席替えで、どうしても隣になりたい、という熱烈な想いしかないのだが。

そして翌日。 結果は、なんと――呪いの効果、テキメン!

私は小林君の隣の席を引き当ててしまったのだ。だが、ほとんど会話らしい会話をすることはできず、たちまちのうちに次の席替えの日がやってきて、あれよあれよと6年生に。そして卒業することになってしまった。

ところが実は、このとき小林君とは、驚きの逸話が。
それはまた、いつかのお話ということで。

(2004年9月の作品)