妊娠・出産~最後に現実を引き受ける身体

少しだけ、医学の話をする。
 女性の性器の外陰部から、膣の奥までおよそ7~8cmある。その先には子宮口(しきゅうこう)があり、これは普段しっかり閉じられている。

 子宮口の奥には、子宮頚管(しきゅうけいかん)という2~3cmほどの細い通路があり、その先に子宮の空間がある。子宮は、普段はニワトリの卵ほどのサイズだが、妊娠臨月には、3000~4000gの胎児と500~600gの胎盤、1000ml弱の羊水を抱えるまでに巨大化し、産後はまた元に戻るのだから驚異の臓器である。


 さて、突然の告白だが、私は出産後の30代前半から、子宮内に「IUS」という黄体ホルモンを放出するT字型の小さな器具を装着している。
 生理のたびに激痛や貧血に悩まされ、月経困難症と呼ばれる状態だったが、医者からピルを毎日服用するのは年齢的にやめたほうがいいと言われ、副作用がほとんどないというIUSを装着したのだが、一週間続いていた重い生理が、半日程度ほぼ微量の出血で済むほどまでに軽くなった。
 生理がほぼ微量ということは、妊娠しないということで、IUSには避妊効果がある。医師には、「また子供が欲しくなったら抜去しに来て」と言われたが、もうまかり間違っても妊娠はせんと決めていたので、それから十数年装着し、そろそろ不要になる年齢である。
 
 そんなに良いものがあるなら、女性はみんな使えばいいじゃないかと思うかもしれないが、装着の処置が痛すぎて、しかも、5~6年に1度は入れ替えなければならないので、私は積極的にはおすすめしていない。

 特に、子宮頚管をハサミのような器具でつまみながら、IUSを入れていく時は、目玉がぎょろんとひっくり返るような痛さで、脳天から変な声が出て悶絶しそうになった。そりゃ麻酔なしで、内臓を金属でつまんでモノを入れ込むのだから、当然である。
 同じような婦人科系の医療行為は、「ちょっとした処置」と呼ばれて、女性の間だけで苦痛を共有されている。

 

不妊治療――カネを出せば産むのか
 「少子化対策」として、人工授精、体外受精などの不妊治療が保険適用となり、今年4月からは、通院の交通費を補助する制度もはじまるようだ。
 かつては、人工授精そのものの是非を問う議論があったが、今となっては、日本の約4.4組に1組の夫婦が「不妊の検査や治療を受けた経験がある」という時代である。
 私の知人にも不妊治療の経験者は何人もいて、特に、子宮と卵巣に液体を注入し、X線で撮影する検査が、絶叫するほど痛かったと聞いた。ほかにも痛みの強い処置が多く、あまりにつらくて不妊治療そのものをやめたり、逆に、治療のために仕事をやめたりする女性もいる。
 IUSの処置でも悶絶モノだったのに、それがもっと長時間、何度も行われる上に、「赤ちゃんが欲しい」という気持ちのもとに受けるとなれば、精神的ストレスは相当なものだろう。
 せめて金銭的な負担が減るなら助かるだろうとは思うが、それほど女性に苦痛をもたらす不妊治療が、国家の「少子化対策」として旗を立てられていることには疑問を感じる。
  
 カネさえ出せば、女性は子供を産みたくなるのか?
 人口減少を食い止められる「政策」なのか?
 そもそも、産みたいと思える社会なのか?
 育児を「罰ゲームみたい」と表現する女性がいるという社会をどう理解しているのか?
 なにより、この「少子化対策」は、妊娠・出産が、女性にしか行えないという現実を、どこまで本気で考えているものなのかがあやしい。

 

劣化するのは卵子だけか
 封建時代の日本では、武家や商家に嫁いだ女性は、3年で子供を産めなければ「うまづめ(石女/不産女)」と呼ばれて離縁されていた。
 不妊の原因は、男性が半数、女性が半数とわかっている現在からすれば酷い話だが、今でも女性にとって妊娠・出産は、「無事に済ませなければ」と思うにつれ、プレッシャーを感じるものであることに変わりはない。
 女性は、生まれた時から体内に卵子のもとを持っていて、毎月の排卵と月経を繰り返しながら数を減らし、やがて閉経する。
 そのため、妊娠にはどうしても年齢制限があるし、35歳以上となれば「高齢出産」、40歳を過ぎれば母子ともに死亡率も高まる「ハイリスク」と言われて、産後は身体がボロボロになってしまうこともあり、心配の種が尽きない。
 
 一方、男性は、思春期以降、精子を一生つくり続けているために、高齢になっても、勃起さえすれば女性を妊娠させられるというイメージがある。
 それで、じいさんが若い女性の肩を抱いて「まだまだ現役でモリモリ!」と言っている精力剤の広告が刺さったりするようだし(刺さんな!)、たまに年配の男性有名人が父親になったというニュースが流れると、「現役だ!」「すごい!」という憧れの目線で盛り上がったりもする。
 たしかに、男性の生殖活動期間は、女性よりは長いとは思うが、それでも50歳を超えて父親になる男性は、統計上はわずか。
 最近の研究では、毎日作られている男性の精子も、年齢とともに遺伝情報に変異が起きて、やがて「劣化コピー」のようなものになり、受精できなくなったり、受精しても流産を引き起こしやすくなったり、胎児に染色体異常を起こしやすくなったりすることが解明されてきている。
 それでも、「男は何歳でもいける」というイメージだけは、強く残っているという状態だろう。
 
 私が出産した19年前は、不妊の原因が男性にもあるということは知られていたが、流産や染色体異常の原因については、「卵子が古びて傷んでいることで起こりやすくなる」という母体の年齢がすべての焦点になっていた。
 精子や勃起機能など、生殖機能の老化の話は、男性のコンプレックスと直結してしまうテーマでもあるはずで、研究者や医者の大半が男性だった時代にはスルーされてしまい、研究分野として光が当たらなかったのではないかと想像している。
 今は、不妊治療で男性の検査も行われているし、説明も変化しているのかもしれない。ただ、社会風潮としては、まだ「男性は何歳でも現役でいける!」が強い気がするし、私もつい、弱った男性を励ましてやるために、とりあえずそう言ってしまうところがあったので、今後はやめようと思う。

 

緊急避妊薬と「男が避妊しなくなる」という理屈
 生殖について、女性と男性とでは随分偏りがあるなと感じる話題に、「緊急避妊薬(アフターピル)」の議論がある。
 ホルモン剤の一種で、性行為後72時間以内に服用すれば、8割程度の確率で妊娠を阻止できるというものだ。避妊に失敗したという場合だけでなく、性暴力を受けて妊娠を避けたい女性にとって「最後の砦」とされている。
 高額の上に、婦人科の診察を経て、医師の処方箋を受け取らなければ入手できなかったが、今月から、日本で初めて処方箋なしに薬局で購入できるものが発売されはじめた
 私は、早く薬局で買えるようにしたほうがいいと思っていたので、これで助かる子が多そうだと思えるが、発売解禁までは長らく議論があり、「安全性」のほかに「誤用の懸念」が挙げられてきた。


 安全性については治験が進むしかなかったのだが、誤用の懸念としては「日常的に使用されないか」「転売目的で購入されないか」というものがあった。これを防ぐために、薬局で薬剤師の説明を受けたあと、目の前で飲むことを条件に購入できるようになっている。
 そして、もう1つ、処方箋なしの販売に反対していた男性医師が、幾度となく主張していたのが次の意見だ。

「特に男性側が、性行為の時に避妊をしなくなることが懸念される」

 男性が避妊を怠るかもしれないという理由で、「妊娠してしまうかもしれない」と切羽詰まった女性の救済手段を阻止するというのは、順序が逆ではないか?
 そもそも、避妊は男女双方が意思をもって行うことだ。その上で失敗してしまったというケースもあれば、女性が一方的にレイプされてしまったというケースもある、それが「緊急」という意味である。
 ところが、男性の無責任な行動を律するのではなく、女性の逃げ道を縛っておいたほうがいいという理屈が、男性の医師から飛び出すのだから驚く。
 
 一般的に、年頃の女子に対して、親は、危険から守る目的で「夜遅くまで出歩くな」「肌を露出しすぎるな」と教えるが、男子に対しては「男は自由でいい」「男だからきちんとできなくても仕方ない」という感覚で眺める空気があるように思う。
 だが、この医師の場合、その延長に「男だから無責任に女を妊娠させることがあっても仕方ない」という感覚まであるのではないか? 奇しくも「こういう男がいるから危険なんだ」という教材そのものになってしまっている気がするが、いやいや、妊娠した女性の身体や、その後の人生はどうなるのか、しっかり教育するほうが先だろう。

 

◆逃げ場のない出産

 近年、学生など若い女性が、自宅や公園の公衆トイレでひとりで出産し、赤ちゃんを死なせて逮捕されるという悲惨な事件がたびたび起きる。
 なぜ避妊しなかった、なぜ相談しなかったと責めることは簡単なのだが、詳細を追ってみると、レイプされた末だったり、交際相手が音信不通になったりした上に、親の虐待やアルコール中毒など複雑な環境にあり、誰にも相談できないまま中絶できない週数に至ってしまったというケースが多いようだ。軽度の知的障害を持つ女性の話もあった。
 交際相手と話し合って中絶を決めたものの、病院から「男性の同意書が必要」と言われた途端、相手が逃げ出してしまい、そのままお金もなく、公園のトイレで出産してしまったという事件もあった。
 法律上は、未婚なら同意書がなくても手術はできるようだが、過去に、妻本人の意思だけで手術を行ったところ、夫側とトラブルになり、病院が賠償金を支払わされるという事件があったらしい。女性は、そのようなクレームを恐れる病院5~6か所から、「同意書がないならできない」と手術を断られたという。
 孤立して切羽詰まった女性の現実よりも、将来起こり得る男性からのクレームのほうが重く扱われてしまったのだ。
 結果的に、悲惨な事件へと発展し、裁判で「自分のせいで赤ちゃんを死なせてしまった」と号泣しながら被告人席に座っていたのは、女性1人だった。
 
 こういった流れから、逃げ道を塞がれた女性が、最後に受け入れられる場所として登場したのが「内密出産」だ。
 肉親にも相談できない境遇の女性が、病院の一部担当者だけに身元を明かして出産し、その後、里親に養育を託す仕組みで、「赤ちゃんポスト」で知られる熊本県の慈恵病院が2021年に開設し、4年で60人が利用しているという。現在、他の地域でも、内密出産を導入するという表明が上がっている。
 出産に訪れるのは、虐待や性暴力を経験した女性が多く、「赤ちゃんと一緒に死ぬつもりだった」など切迫したケースが少なくないという。福岡ではドキュメンタリーが放送されていたが、胸のつまる内容だった(熊本朝日放送「内密出産のリアル」)。

 これらの話は「特殊な女性たちの話」と切り離せるのだろうか?

 妊娠したとき、女性は現実を身体で引き受ける。逃げ場はない。一方で、男性は法的にも社会的にも、すっと距離を取ることができてしまう。そして、その構造が、女性を「最後に現実を処理する場所」に置いてしまっている。暗くて、冷酷で、重くて、見たくない「現実」だ。
 月経、ホルモンバランスによる体調不良、不妊治療、妊娠、出産、緊急避妊、孤立出産、内密出産――女性どうしの間には、「女の身体は痛みに強い。頑張って、黙って、耐えるものだ」というような前提が染み込んでいる。そのために、語られてこなかったことも多いと思っている。

 そんななか、国家もまた、女性の身体を「最後に現実を引き受ける場所」として見てはいないだろうか。「産んでもらわなければ困る」「男子を産んでもらわなければ」と。
 

第400回「妊娠・出産~最後に現実を引き受ける身体」

少しだけ、医学の話をする。
 女性の性器の外陰部から、膣の奥までおよそ7~8cmある。その先には子宮口(しきゅうこう)があり、これは普段しっかり閉じられている。

 子宮口の奥には、子宮頚管(しきゅうけいかん)という2~3cmほどの細い通路があり、その先に子宮の空間がある。子宮は、普段はニワトリの卵ほどのサイズだが、妊娠臨月には、3000~4000gの胎児と500~600gの胎盤、1000ml弱の羊水を抱えるまでに巨大化し、産後はまた元に戻るのだから驚異の臓器である。


 さて、突然の告白だが、私は出産後の30代前半から、子宮内に「IUS」という黄体ホルモンを放出するT字型の小さな器具を装着している。
 生理のたびに激痛や貧血に悩まされ、月経困難症と呼ばれる状態だったが、医者からピルを毎日服用するのは年齢的にやめたほうがいいと言われ、副作用がほとんどないというIUSを装着したのだが、一週間続いていた重い生理が、半日程度ほぼ微量の出血で済むほどまでに軽くなった。
 生理がほぼ微量ということは、妊娠しないということで、IUSには避妊効果がある。医師には、「また子供が欲しくなったら抜去しに来て」と言われたが、もうまかり間違っても妊娠はせんと決めていたので、それから十数年装着し、そろそろ不要になる年齢である。
 
 そんなに良いものがあるなら、女性はみんな使えばいいじゃないかと思うかもしれないが、装着の処置が痛すぎて、しかも、5~6年に1度は入れ替えなければならないので、私は積極的にはおすすめしていない。

 特に、子宮頚管をハサミのような器具でつまみながら、IUSを入れていく時は、目玉がぎょろんとひっくり返るような痛さで、脳天から変な声が出て悶絶しそうになった。そりゃ麻酔なしで、内臓を金属でつまんでモノを入れ込むのだから、当然である。
 同じような婦人科系の医療行為は、「ちょっとした処置」と呼ばれて、女性の間だけで苦痛を共有されている。

 

不妊治療――カネを出せば産むのか
 「少子化対策」として、人工授精、体外受精などの不妊治療が保険適用となり、今年4月からは、通院の交通費を補助する制度もはじまるようだ。
 かつては、人工授精そのものの是非を問う議論があったが、今となっては、日本の約4.4組に1組の夫婦が「不妊の検査や治療を受けた経験がある」という時代である。
 私の知人にも不妊治療の経験者は何人もいて、特に、子宮と卵巣に液体を注入し、X線で撮影する検査が、絶叫するほど痛かったと聞いた。ほかにも痛みの強い処置が多く、あまりにつらくて不妊治療そのものをやめたり、逆に、治療のために仕事をやめたりする女性もいる。
 IUSの処置でも悶絶モノだったのに、それがもっと長時間、何度も行われる上に、「赤ちゃんが欲しい」という気持ちのもとに受けるとなれば、精神的ストレスは相当なものだろう。
 せめて金銭的な負担が減るなら助かるだろうとは思うが、それほど女性に苦痛をもたらす不妊治療が、国家の「少子化対策」として旗を立てられていることには疑問を感じる。
  
 カネさえ出せば、女性は子供を産みたくなるのか?
 人口減少を食い止められる「政策」なのか?
 そもそも、産みたいと思える社会なのか?
 育児を「罰ゲームみたい」と表現する女性がいるという社会をどう理解しているのか?
 なにより、この「少子化対策」は、妊娠・出産が、女性にしか行えないという現実を、どこまで本気で考えているものなのかがあやしい。

 

劣化するのは卵子だけか
 封建時代の日本では、武家や商家に嫁いだ女性は、3年で子供を産めなければ「うまづめ(石女/不産女)」と呼ばれて離縁されていた。
 不妊の原因は、男性が半数、女性が半数とわかっている現在からすれば酷い話だが、今でも女性にとって妊娠・出産は、「無事に済ませなければ」と思うにつれ、プレッシャーを感じるものであることに変わりはない。
 女性は、生まれた時から体内に卵子のもとを持っていて、毎月の排卵と月経を繰り返しながら数を減らし、やがて閉経する。
 そのため、妊娠にはどうしても年齢制限があるし、35歳以上となれば「高齢出産」、40歳を過ぎれば母子ともに死亡率も高まる「ハイリスク」と言われて、産後は身体がボロボロになってしまうこともあり、心配の種が尽きない。
 
 一方、男性は、思春期以降、精子を一生つくり続けているために、高齢になっても、勃起さえすれば女性を妊娠させられるというイメージがある。
 それで、じいさんが若い女性の肩を抱いて「まだまだ現役でモリモリ!」と言っている精力剤の広告が刺さったりするようだし(刺さんな!)、たまに年配の男性有名人が父親になったというニュースが流れると、「現役だ!」「すごい!」という憧れの目線で盛り上がったりもする。
 たしかに、男性の生殖活動期間は、女性よりは長いとは思うが、それでも50歳を超えて父親になる男性は、統計上はわずか。
 最近の研究では、毎日作られている男性の精子も、年齢とともに遺伝情報に変異が起きて、やがて「劣化コピー」のようなものになり、受精できなくなったり、受精しても流産を引き起こしやすくなったり、胎児に染色体異常を起こしやすくなったりすることが解明されてきている。
 それでも、「男は何歳でもいける」というイメージだけは、強く残っているという状態だろう。
 
 私が出産した19年前は、不妊の原因が男性にもあるということは知られていたが、流産や染色体異常の原因については、「卵子が古びて傷んでいることで起こりやすくなる」という母体の年齢がすべての焦点になっていた。
 精子や勃起機能など、生殖機能の老化の話は、男性のコンプレックスと直結してしまうテーマでもあるはずで、研究者や医者の大半が男性だった時代にはスルーされてしまい、研究分野として光が当たらなかったのではないかと想像している。
 今は、不妊治療で男性の検査も行われているし、説明も変化しているのかもしれない。ただ、社会風潮としては、まだ「男性は何歳でも現役でいける!」が強い気がするし、私もつい、弱った男性を励ましてやるために、とりあえずそう言ってしまうところがあったので、今後はやめようと思う。

 

緊急避妊薬と「男が避妊しなくなる」という理屈
 生殖について、女性と男性とでは随分偏りがあるなと感じる話題に、「緊急避妊薬(アフターピル)」の議論がある。
 ホルモン剤の一種で、性行為後72時間以内に服用すれば、8割程度の確率で妊娠を阻止できるというものだ。避妊に失敗したという場合だけでなく、性暴力を受けて妊娠を避けたい女性にとって「最後の砦」とされている。
 高額の上に、婦人科の診察を経て、医師の処方箋を受け取らなければ入手できなかったが、今月から、日本で初めて処方箋なしに薬局で購入できるものが発売されはじめた
 私は、早く薬局で買えるようにしたほうがいいと思っていたので、これで助かる子が多そうだと思えるが、発売解禁までは長らく議論があり、「安全性」のほかに「誤用の懸念」が挙げられてきた。


 安全性については治験が進むしかなかったのだが、誤用の懸念としては「日常的に使用されないか」「転売目的で購入されないか」というものがあった。これを防ぐために、薬局で薬剤師の説明を受けたあと、目の前で飲むことを条件に購入できるようになっている。
 そして、もう1つ、処方箋なしの販売に反対していた男性医師が、幾度となく主張していたのが次の意見だ。

「特に男性側が、性行為の時に避妊をしなくなることが懸念される」

 男性が避妊を怠るかもしれないという理由で、「妊娠してしまうかもしれない」と切羽詰まった女性の救済手段を阻止するというのは、順序が逆ではないか?
 そもそも、避妊は男女双方が意思をもって行うことだ。その上で失敗してしまったというケースもあれば、女性が一方的にレイプされてしまったというケースもある、それが「緊急」という意味である。
 ところが、男性の無責任な行動を律するのではなく、女性の逃げ道を縛っておいたほうがいいという理屈が、男性の医師から飛び出すのだから驚く。
 
 一般的に、年頃の女子に対して、親は、危険から守る目的で「夜遅くまで出歩くな」「肌を露出しすぎるな」と教えるが、男子に対しては「男は自由でいい」「男だからきちんとできなくても仕方ない」という感覚で眺める空気があるように思う。
 だが、この医師の場合、その延長に「男だから無責任に女を妊娠させることがあっても仕方ない」という感覚まであるのではないか? 奇しくも「こういう男がいるから危険なんだ」という教材そのものになってしまっている気がするが、いやいや、妊娠した女性の身体や、その後の人生はどうなるのか、しっかり教育するほうが先だろう。

 

◆逃げ場のない出産

 近年、学生など若い女性が、自宅や公園の公衆トイレでひとりで出産し、赤ちゃんを死なせて逮捕されるという悲惨な事件がたびたび起きる。
 なぜ避妊しなかった、なぜ相談しなかったと責めることは簡単なのだが、詳細を追ってみると、レイプされた末だったり、交際相手が音信不通になったりした上に、親の虐待やアルコール中毒など複雑な環境にあり、誰にも相談できないまま中絶できない週数に至ってしまったというケースが多いようだ。軽度の知的障害を持つ女性の話もあった。
 交際相手と話し合って中絶を決めたものの、病院から「男性の同意書が必要」と言われた途端、相手が逃げ出してしまい、そのままお金もなく、公園のトイレで出産してしまったという事件もあった。
 法律上は、未婚なら同意書がなくても手術はできるようだが、過去に、妻本人の意思だけで手術を行ったところ、夫側とトラブルになり、病院が賠償金を支払わされるという事件があったらしい。女性は、そのようなクレームを恐れる病院5~6か所から、「同意書がないならできない」と手術を断られたという。
 孤立して切羽詰まった女性の現実よりも、将来起こり得る男性からのクレームのほうが重く扱われてしまったのだ。
 結果的に、悲惨な事件へと発展し、裁判で「自分のせいで赤ちゃんを死なせてしまった」と号泣しながら被告人席に座っていたのは、女性1人だった。
 
 こういった流れから、逃げ道を塞がれた女性が、最後に受け入れられる場所として登場したのが「内密出産」だ。
 肉親にも相談できない境遇の女性が、病院の一部担当者だけに身元を明かして出産し、その後、里親に養育を託す仕組みで、「赤ちゃんポスト」で知られる熊本県の慈恵病院が2021年に開設し、4年で60人が利用しているという。現在、他の地域でも、内密出産を導入するという表明が上がっている。
 出産に訪れるのは、虐待や性暴力を経験した女性が多く、「赤ちゃんと一緒に死ぬつもりだった」など切迫したケースが少なくないという。福岡ではドキュメンタリーが放送されていたが、胸のつまる内容だった(熊本朝日放送「内密出産のリアル」)。

 これらの話は「特殊な女性たちの話」と切り離せるのだろうか?

 妊娠したとき、女性は現実を身体で引き受ける。逃げ場はない。一方で、男性は法的にも社会的にも、すっと距離を取ることができてしまう。そして、その構造が、女性を「最後に現実を処理する場所」に置いてしまっている。暗くて、冷酷で、重くて、見たくない「現実」だ。
 月経、ホルモンバランスによる体調不良、不妊治療、妊娠、出産、緊急避妊、孤立出産、内密出産――女性どうしの間には、「女の身体は痛みに強い。頑張って、黙って、耐えるものだ」というような前提が染み込んでいる。そのために、語られてこなかったことも多いと思っている。

 そんななか、国家もまた、女性の身体を「最後に現実を引き受ける場所」として見てはいないだろうか。「産んでもらわなければ困る」「男子を産んでもらわなければ」と。