「芸術家と偏執性~ダイアン・アーバス編」

(2018.7.2連載原稿より)

 本づくりのなかで、一番疲れたのが単語の言い換えだった。20年前に赤塚不二夫が書いた新宿二丁目に関するエッセイを再掲載したのだが、「『ホモ』という表現が何度も出てくるが、このままでいいのか?」という議論が起きたのだ。

 今は「LGBT」というアルファベット記号で呼んだほうが、“語感が理解できないから不快感から遠ざかれる”というわけか、そう呼ばないと差別であるかのような風潮が広まったが、しかし、現実には「ホモ」も「ゲイ」も「オネエ」もまったく違うものだ。

 この違和感について、ある方がインタビューの中ではっきり語ってくれた。ところが、残念ながら、その方の所属事務所の原稿チェックでその部分がカットされてしまった。

「なにが炎上するかわからない時代だから、触れないほうがいい」

 そんな自主規制によって、大勢を楽しませて人気者になった人ほど、言論と表現の自由を奪われているのである。

***

 阿呆、痴呆、愚鈍、白痴、色盲、盲目、群盲象をなでる、障害者、知恵遅れ、不具、めくら、つんぼ、おし、どもり、びっこ、かたわ、せむし、がちゃ目、やぶにらみ……

 すべて、公共の電波で発してはいけない放送禁止用語だ。

 こんな風に原稿を書いていても、私の使っているWindows10の辞書では、すでに「しきもう」「ふぐ」が漢字変換されないし、「しょうがいしゃ」と入力すると「障碍者」か「障がい者」が変換候補の上位に出るように勝手に設定されている。

 ほかにも、肌色は「ペールオレンジ」に、ブラインドタッチは「タッチタイピング」に、魔女っ子は「魔法少女」、未亡人は「故〇〇氏の夫人」、妾は「愛人」、ヤンキーは「不良少年」、令嬢は「娘」、老婆は「老婦人」など言い換え用語は年々増加している。

「肌色」って言っちゃいけません!

 別に乱暴な言葉を使えと推奨したいわけではないが、“無難な言葉”に言い換えて、元の言葉が消滅していくことによって、その言葉に伴って人々が想像していた自由なイメージも同時に奪われていくことが本当に嫌だ。

 そして、やがて自分たちの感性のなかから何が奪われているのか、なにが消滅しているのかさえわからなくなり、表現者に限らず、みんながただただ狭量な世界のなかでしか、思考できなくなっていく。無味乾燥で、つまらない世界へとまっしぐらだ。

「見てはいけません」を正面から撮った写真家

 ダイアン・アーバス(1923-1971)という写真家がいる。ニューヨークでデパートを経営している裕福な家庭に生まれたユダヤ人女性で、もともと絵の才能があり、10代のうちから写真家としての頭角をあらわし、たちまち『VOGUE』や『GLAMOUR』『BAZAAR』など一流のファッション誌で活躍するようになった。

ダイアン・アーバス

 私の友人にも女性の写真家がいるが、ソフトボールのインターハイでピッチャーをやっていたような体育会系で、いつも40~50キロの撮影機材を一人で担いで現場へ向かっている。一度、東大卒の男をアシスタントに雇ったことがあったが、荷物も持ち上げられないモヤシっぷりに苛立って「シャッター切るだけが写真とちがうんじゃ!」と怒鳴ったところ、めそめそ泣かれてそのまま辞めてしまったんだそうだ。

 デジタル化、軽量化された現在でもプロの撮影機材一式はものすごい重さなのだから、昔はもっと大変だ。女性には不利だった写真の世界に飛び込んだダイアン・アーバスには、よほどの情熱があったのだろう。

 ファッション誌で商業写真を撮っていたアーバスは、ある頃から、ドキュメンタリー作品としてさまざまな人物のポートレイトを撮りはじめる。その代表作がこれだ。

Identical twins, Roselle,N.J.1967

 一瞬、不気味さを感じる双子の少女の写真。

 実物の写真を見ると、タイツの柄以外はまったく同じで、恐らくブルーの瞳をしているのだろう、モノクロ撮影によって瞳の色が白く飛んでいる。そっくりなのだが、それぞれの表情に個性がある。そして、個性があるのに、奇妙なほどシンクロした空気がある。無垢でかわいらしい双子の姉妹のはずなのに、その無垢さが、どこか怖いのだ。

 この写真に私と同じような「怖さ」を感じた人は多いようで、有名どころでは、映画監督のスタンリー・キューブリックが、映画『シャイニング』のなかに「父親に惨殺された双子の幽霊」として、そっくりそのまま登場させている。

 

ちびっちゃう『シャイニング』の恐怖シーン

 キューブリックは、映画を撮る以前は報道写真家として働いていて、ダイアン・アーバスから指導を受けていたこともあり、一枚の写真からイマジネーションを刺激されたようだ。

 ほかにも何枚かアーバスのポートレイトを紹介したい。どれもこれも、心のざわつくような写真ばかりだと思う。

A young Brooklyn family going for a Sunday outing,N.Y.C.1966

 ニューヨークの街角で撮影した若い家族の写真。

 妙にちぐはぐした雰囲気の夫婦だ。本当に夫婦なのか? なぜかこちらに目線を向けていない妻は、完璧なヘアメイクで高級そうなバッグにヒョウ柄のコート、赤ん坊を抱きかかえている。この赤ん坊の顔が、夫とそっくりである。そして、夫に手を引かれているもう一人の子供にどうしても目がいく。表情から、知的障害児であることがわかる。

Mexican dwarf in his hotel room in N.Y.C.1970

 見世物小屋で働くメキシコ人の小人症の男と、ホテルの一室で。アーバスは、この写真を撮るために被写体の男と一夜をともにしている。ストロボを焚いて、頭部と四肢のアンバランスな姿が露わに写し出されているが、男はハットをかぶってポーズをとり、穏やかな良い表情でアーバスのカメラを見つめている。

 こんな風に遠慮なくこの男性を撮影できた人間は、他にいただろうかと考える。逆の言い方をすれば、一夜をともにするまでの関係性にならなければ、存在しない一枚だ。

Untitled(5)1970-71

 施設に暮らす知的障害の女性。

 口元には食べかすがたくさんついていて、ワンピースもシミで汚れているが、紙でできた花飾りを頭にのせて、瞳はきらきらしている。

 どの写真も、無遠慮なほど正面からストロボを焚いたものが多く、普通の人ならば「見ないように目を背ける人たちの姿、細部」をそのまま写し出したものばかりだ。現実には視界に入らない部分も、くっきりとモノクロで焼き付けられるので、肉眼で見る以上に被写体がよく見えるものになっているかもしれない。

 とくに見世物小屋やサーカス、施設に暮らす人々の写真が多く、ほかに、巨人症の男、女性ものの下着にハイヒールを履いた男、顔におしろいを塗った全裸の男、妙齢のストリップダンサー、スタイルの良くない裸族の夫婦、両性具有者、車椅子の老婆、チンパンジーを子供代わりに溺愛する頬のこけた老女など、一瞬ギョッとさせられるほど強烈に個性的なポートレイトが多い。

 撮影された当時は、現在よりもずっと「見てはいけない人たち」が蔑まれている風潮が強く、アーバスの写真は人々の差別心を煽り立て、「フリークス趣味」「覗き趣味」と批判に晒されたようだ。いまでもそう評する人はいるだろう。

 けれど私は、決して悪趣味の作品ではないと思っている。

 アーバスのポートレイトには、障害者や倒錯者と同じように、健常者の写真もたくさん含まれていて、そして、その健常者の姿にもかなり「“普通”でない様子」が写り込んでいるからだ。

 双子の姉妹、ニューヨークの障害児を連れた夫婦、どちらも見て穏やかな気分になるような写真ではないだろう。

Puerto Rican woman with a beauty mark,N.Y.C.1965

 「見世物小屋にいるような人たちを見世物にするな」と批判することで、弱者の味方を演じる社会。それに対して、「これが人間・個人のグロテスクさだ」と正面から示しているのが一連の写真だと思っている。

 

 そして、社会が「見てはいけません」と目を背けてきた人々が、どうしてこうも良い表情で写真に収まっているのか? 小人症の男も、施設に収容されている障害児たちも、アーバスが「この人たちを見世物にしてやろう」と企む写真家だったならば、こんな笑顔を見せただろうか?

Untitled(1)1970-71

 ダイアン・アーバスは、残念ながら48歳の若さで自死してしまい、生前に作品集が刊行されることはなかった。死の翌年、1972年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で回顧展が開催されると、画家のマティス展をはるかに凌ぐ入場者数となり、写真展としては現在も同館の最高入場者数となっている。

 今日紹介したのは、この時に刊行された写真集「.diane arbus.」(絶版)からの数枚だ。この写真集は25万部の大ヒットになった。