(2025.10.14連載稿より)
2024年、フジテレビ「ザ・ノンフィクション」で、がんに全身を蝕まれた44歳の日本人女性が、夫とともにスイスへ渡航して安楽死に至るまでを追った回が放送された。番組の歴代最高作のひとつと評され、現在、公式YouTubeで全編公開されている(「私のママが決めたこと~命と向き合った家族の記録」前後編)。
彼女は、外資系コンサルで働いていた知的な女性で、自身の症状や心情を丁寧に言葉にしながら、時にユーモアも交えて取材に応じていた。自らスイスの安楽死団体や医師と連絡をとり、英語で身上書と診断書を整え、受け入れ許可を取得。子宮から始まった希少がんは薬が効かず、全身に広がって3年で脳に転移した。認知機能の破壊に耐えられず、安楽死を決意したという。
高校生と小学生の娘、そして夫がどのように受け入れて、見送ったのか、興味のある人はYouTubeで見てほしい。
安楽死・尊厳死・死の手助けの違い
日本には「安楽死」と「尊厳死」という言葉があり、厚労省の見解で明確に区別されている。
【安楽死】
耐え難い苦痛を抱える死期の迫った人に対し、医師など第三者が意図的に致死薬を投与して直接死なせること。
【尊厳死】
助かる見込みのない患者に対し、過剰な延命治療を中止または差し控えることで、人間としての尊厳を保ちながら自然な死を迎えさせること。
医者が頼まれて薬を投与して死なせるのは「安楽死」。人工呼吸器や胃ろうなどにつながず、死を受け入れるのが「尊厳死」だ。
ここにもうひとつ、スイス型の「死の手助け」という概念がある。
【死の手助け】
患者本人の意思にもとづき、医師が致死薬を処方して死の準備を支援すること。服用は患者本人が行う。
つまり、本人が自ら幕を下ろす形である。
冒頭の日本人女性も、医師の説明ののち、自ら致死薬の点滴バルブを開いた。広義には「安楽死」だが、正確にはこの「死の手助け」にあたる。
スイスではドイツ語の「Sterbehilfe(死の手助け)」(Sterben=死、Hilfe=助け)という語が一般的で、同様の制度は、オーストリアや米国の一部州でも存在する。日本では「自殺ほう助」と訳されているようだ。
ベネルクス三国に見る「積極的な安楽死」
一方、医師が直接注射して死をもたらす「積極的安楽死」を認める国もある。オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダ、スペイン、ニュージーランドなどだ。
ドイツ語圏では「Euthanasie(良い死)」と表現している。ギリシャ語の「Eu=良い・正しい」+「Tanatos=死」に由来するもので、これを日本語に直訳したのが「安楽死」だ。
ただし、ドイツ本国ではこの単語は忌避されている。ナチス時代、障害者を「Euthanasie(良い死)」の名の下に大量虐殺した歴史を背負っているからだ。
それでも現実には、終末期患者が隣国スイスに移って死を遂げるケースが増え、2020年にはドイツ国内でも「Sterbehilfe(死の手助け)」が合法化された。
スイスの「死の付添人」
スイスには複数の安楽死団体が存在し、会員は20万人以上とされる。2004年で187件だった実施件数は、2022年には1729件にまで増えた。
これらの団体には、患者に致死薬を届け、最期まで寄り添う「死の付添人」という仕事があり、主に退職世代がその役割を担っている。
こう書くと「スイスに渡れば、安らかに死ねるの?」と勘違いする人がいるかもしれないが、申し込めば誰でも利用できるというわけではない。
審査は厳格で、「耐えがたい激烈な苦痛があり、ほかに苦痛を取り除く手段がない」「突発的な願望でない」「第三者からの影響を受けていない」などの条件を複数の医師が慎重に確認する。
耐えがたい激烈な苦痛のある状態で、スイスまで渡航するというのも、並外れた意志の力が必要ではないかとも思う。
オランダ「自分のことは自分で決める」
世界で初めて安楽死法を制定させたのは、オランダである。
人口1800万人の国で、2023年の安楽死の件数は9,068件。
発端は1971年、医師である娘が、脳溢血後の後遺症に苦しむ母の懇願に応じてモルヒネを投与した事件だった。裁判では「執行猶予1年、拘禁1週間」という象徴的な温情判決が下され、それ以降、安楽死は「黙認」されてきた。2001年になって報告義務などが制度化され、合法化。
オランダは「国民の6割が無宗教」と言われるほど信仰心が薄れており、命を「神の所有物」とみなすカトリック文化よりも、「個人の良心に委ねられる」と捉えるプロテスタント的、世俗的な倫理観が強いらしい。「自分のことは自分で決める」という国民性があり、安楽死を受け入れる下地となったようだ。
オランダの法制度は、ベルギー、ルクセンブルクなど隣国へ波及した。
ベルギー「安楽死超推進国」の実態
ベルギーは、本来、安楽死には反対するはずのカトリック教国だったが、世俗化が進み、今では日曜のミサに出席する信徒は数パーセントだという。中絶やLGBTの権利拡大も経て、カトリックの立場はますます不人気に追い込まれていった。
2017年には、カトリック修道会が運営する医療介護施設が安楽死を容認。バチカンのローマ教皇から「方針転換しなければ追放する」と通告が入ったが、これを蹴散らして「社会の倫理の変化を踏まえ、ベルギー法に従う」と宣言した。
その結果、ベルギーは「世界で最も自由な安楽死国家」となった。
驚くのは、終末期でなくても安楽死が認められる点だ。
オーストラリアの公共放送局が制作した番組「Allow Me To Die: Euthanasia in Belgium(どうか死なせてください:ベルギーの安楽死)」には、施設で10年間暮らす85歳の女性が、娘を亡くして「もう生きる理由がない」と語り、健康なまま致死薬を飲む姿が映されている。
話し方もしっかりしており、毎朝エアロバイクを6km漕いで、ジョークを言って笑い、食事をとり、友人とおしゃべりをする。死の当日までそれを変わりなく続けているのだが、約束の時刻となり医師がやってくると、自室のベッドに腰掛けて致死薬のシロップを受け取り、躊躇なく飲み干していた。
傍らに寄り添い、手を握る男性医師に「ずいぶん気合いが入っていたんだね。そんなに急いで(シロップを)飲まなくてもよかったのに」「またどこかで娘さんに会えるといいね」「横になる?」など優しく語りかけられながら、数分で眠るように息を引き取った。

「Allow Me To Die: Euthanasia in Belgium」より
女性が医師に残した手紙には「先生、私の唯一の望みを叶えてくださり、心から感謝します」と書かれていた。死亡診断書には「自然死」と記載され、本人の希望によって、先に他界した娘と同じ墓地に埋葬された。
付き添った医師はとても穏やかで、対応に慣れている様子が見て取れた。
命には関わらないが、一日に何度も激痛の頭痛発作に見舞われている40代の男性とその家族をめぐる映像には、胸を締め付けられた。
男性は、発作が起きるたびに頭を壁に打ちつけたり、目をえぐりとろうとしたりするほど苦しんでいる。小学生の息子たちが不安そうに見守る中、腫れ上がるほど頭を叩く男性は、なんとかなだめようとする妻に「出ていけ!」と怒鳴ってしまう。凄惨そのものだった。日本人の感覚では、この状況の人にとてもカメラを向けられないと思うし、放送もできないだろうと感じる映像でもあった。
男性は、頭痛発作のために仕事も収入も失い、「本来なら子供を養うべきなのに、僕は逆に重荷になっている」「発作の最中にもし自殺してしまったら、その遺体を見つけるのは妻か子供だ。その一生をぶち壊してしまう。だから、安楽死で静かにきちんと終えたいんだ」と話す。
当初は夫の望みを受け入れられなかったという妻も、「この状態の夫をそばに置くのは、どこまでも利己的なことだと思います。彼の耐えがたい苦しみを私は知っている。だから彼の選択を支持します」と語った。
男性は、実験的に脳の手術を受けるが、それでも発作が収まらなければ安楽死をする予定になっているという。
さらに衝撃的だったのは、家族に告げず「精神的苦痛」を理由に安楽死を遂げた50代女性のケースだ。以前から精神的に弱く、セラピーを受けていたそうだが、女性の息子はある日、病院からの郵便物で「安楽死が実行されました」と知らされて驚愕する。
ベルギーには、医師と弁護士16名で構成される安楽死監視委員会があるが、なんとすべて事後審査(!)で、過去に問題を指摘されて司法に送られたケースは1件もないという。
しかも、女性に注射を打って安楽死させた医師は、この監視委員会の会長だった。ベルギーでは「死の医師」と呼ばれる有名な安楽死推進論者で、子供への適用も拡大した人物だという。「監視」など機能していないのだ。
残された息子は、「母は彼らのイデオロギーに巻き込まれたんだ」と語っている。
「選べる死」から「勧められる死」へ
オランダやベルギーでは、20年以上前から「生きることに疲れた高齢者には、安楽死を許容してあげるべきだ」という考え方があり、議論が積み上げられてきたという。
また、安楽死の制度によって、群発頭痛に苦しむ男性のような人に「最終的にはこの手段がある」という道が見いだされているという点は、せめてもの慈悲のように感じられて、私は支持できる。
ただ、ベルギーの場合、「安楽死を望む人」よりも「安楽死を勧める医師」が先行しているような危うさを感じた。
適切に行われているかどうかを監視するはずの人間が、自分の手で安楽死をさせていて、審査もスルーしているのだから、ブラックボックスである。
この「死の医師」は、過去に「これから盲目になる見込みだから」という理由で難病の40代双子男性を安楽死させてもいる。私には、優生思想の持ち主なんじゃないかと思えてならない。
また、「選べる死」という感覚だった安楽死が、「勧められる死」に変質しているという問題もあるようだ。
法律上、安楽死はまず「患者からの要請」があって、初めて医師が対話に応じることになっているが、実際には、医師や看護師のほうから「もし今後、痛みが耐えがたくなった場合、安楽死を選ぶこともできますよ」と説明することは珍しくないらしい。
「精神的苦痛」を許容範囲に入れたことで「安楽死の供給が需要を刺激しているのではないか」という懸念も強いという。番組では「もともと終末期患者の制度だったものが、どんどん広げられて、実はまだ数十年も生きられる人々にまで使われるようになってしまった」とも訴えられていた。
日本で「安楽死」は議論できるのか?
日本では、2019年に、SNSを通じてALS患者の女性から依頼された医師2人組が、胃ろうに致死薬を注入して死なせた「ALS患者嘱託殺人事件」が起きた。ALSの女性以前にも、親族を死なせていたことが同時に審理され、今年6月に懲役18年が確定となった。「同情の余地もある」との一方、計画性や実行内容にかなりの悪質性があったとされている。
この事件以前にも、安楽死事件は起きてきた。
1991年には、末期がんに苦しむ患者の家族に懇願されて、医師が致死薬を注射して死なせた「東海大学病院事件」。1996年には、長年の知人であった患者の苛烈な苦痛を前に、家族からの懇願もあって、医師が筋弛緩剤を投与した「京都京北病院事件」もある。
いずれも医師は、情状酌量の執行猶予や不起訴処分となり、裁判では「①死期が迫っている②耐えがたい苦痛がある③他に手段がない④本人の明示的意思がある」といった条件が示されてはいる。
だが、社会全体では「死について議論すること」を避ける空気がある。確かに、身内の高齢者が死を口にしたら「そんなの縁起でもないからやめてね。長生きしてね」と濁すことが多いかもしれない。
そこに「暗い現実、恐ろしい現実は見たくない」「リアルな話は怖い」という保育器育ちのような感覚があいまって、ますます死や死生観についての議論は遠のいているのではないか。海外の安楽死ドキュメンタリーを見たいま、その放映内容の違いに、なおさらそう感じる。
安楽死は、身近な人にまつわる体験や、自分自身の希望としても「できたらいいな」とうっすら思い描く人は少なくないと思う。同時に「賛成・反対」や「条件」の話だけでなく、どのようなケースが考えられるのか、なにを許容してよいのか、「許容する権利」とは一体誰にあるのか、それは「権利」なのか、どこから線引きできるのか、危険な思想が混入する余地はないのか、変質する可能性はないのかなど、かなり精緻に、そして深みのある情緒を抱いて議論する必要のあるテーマだと思う。
超高齢化社会が確定し、スイスに渡航してまで思いを遂げる人が出ているいま、向き合って考えてみる価値はないだろうか。
(2025.9.15連載原稿より)